SUSHI TIMES

ついにヴェールを脱いだ、新生「豊洲市場」|旅する鮨職人、ヨシさんが語る 「鮨の心」

アメリカ、ヨーロッパ、アジアと世界を飛びまわる鮨職人、「松乃鮨」のヨシさん。「鮨は刺身がご飯の上にのったものだけではない」というヨシさんが、鮨に込める職人の想いを語ります。

みんなが注目した豊洲への大移動

みなさんもご存知のとおり、長年親しまれてきた築地に代わり、豊洲市場が2018年10月11日にとうとう開業となりました。10月7日から10日にかけて仲卸業者が一斉に引っ越しをする様子はテレビをはじめ様々なメディアで紹介され、なかでも市場ならではの乗り物「ターレ」(ターレットトラック)が約2600台、列をなして一般道を移動していくシーンはなかなか見応えがありました。また、引越中は取引が完全にストップしたため、多くの飲食店が休業するなど、この市場の存在の大きさを改めて感じました。

初日の珍事でわかった市場の人情

新しく建てられた豊洲市場は4階建ての巨大なビル。古かったけれど通い慣れた築地市場に比べて情緒はなく、どうなのかなあ……そんな不安を抱いて向かった初日の朝、4階の駐車場に向かうスロープはすでに長蛇の列。その列に加わっていたところで、ハプニング。

時間に間に合わないため車を捨てて、魚が詰まった箱を台車にのせて坂道を降りてきたおじさん。怪しいと思っていたら、やはり勢い余って私の車に衝突。その弾みで辺りに魚が飛び散る‼︎ その様子を見た周囲の人たちが一斉に駆け寄り、心配したのは、魚! 僕もおじさんや車より、魚(笑)。周りの車からみんなで降りて、私ももちろん魚をかき集めました。元どおりになった箱をもう一度台車にのせたおじさんは、「すまなかったね!」と一言言いおいて、今度は坂道を後ろ向きに台車を引いて去って行きました。おじさんも、時間通りにお客さんに魚を届けなきゃと思い、車を降りて台車で魚を運んだのでしょう。この「築地っぽい事件」がそのまま残っている新市場。

何がどこにあるのか誰も把握していないため、新市場では行きたい場所はもちろん、出口さえもわからない状態。でも、そんな状況下で自然発生的に生まれたのは、助け合いの精神。知った顔を見たら挨拶をし、情報交換。少ないながらもかき集めた情報をお互いに交換しあって、なんとか目的地へ。それまでは顔しか知らなかった人とも話すきっかけができ、急に距離が縮り、仲良くなりました。

私たちが作っていく、豊洲ブランド

雰囲気はもちろん違うけれど、思っていたよりは活気がある。それが、私の初日の印象です。物だけでなく、しっかりと“歴史”も引っ越しした。昔の日本のご近所さん付き合いが、建物が新しくなったことで、むしろ密接になるきっかけをいただいた感じです。やっぱり大切なのは「人」……。今は勝手が違うため、あれこれと文句もあるけれど、しばらくしたらそんな声も聞こえなくなるのではないでしょうか。

私が築地に初めて行ってから約30年以上。今39歳なので、豊洲には多分それ以上の年月を通うことになるでしょう。諸先輩方が築地でやってきたように、これからは新しい豊洲のブランドを作っていかなければなりません。海外からも注目を集める新市場。どんな風に進化していくのか、責任を感じつつも楽しみです。

手塚 良則

幼少の頃から魚の仕入れに同行し、学生時代から包丁を握る。慶應義塾大学商学部卒業後、海外文化とホスピタリティーを学ぶため、プロスキーガイドとしてヨーロッパ・北米に4年間駐在。世界100ヶ所以上のスキー場のガイドや、豪華客船のワールドクルーズやヨーロッパワイナリー巡りといった富裕層向けのガイドをして活動。スタンフォード大学への留学、ガイド業務で培った異文化コミュニケーションを生かし、海外への発信に力を入れる。体験握りを取り入れた「五感で楽しむ鮨講座」は好評を博している。

出典:FOOD PORT